ジギングインストラクターズグループ
J.I.G(ジギングインストラクターグループ゙)とはジギングの面白さをもっと知っていただくために
2002年発足した団体です。
全国のジギングエキスパートの協力と各社メーカー並びに船宿の協賛により構成され、
講習会、展示会、マナーの向上、海洋資源保護、救命救急講習、競技会などの
各種イベントを主催しております。
又 初心者や未経験の方に判りやすいタックルやテクニックの紹介、適切な
フィールドや船宿の紹介、安全で楽しくジギングを楽しんでいただくための
タクティクスを広く紹介していたいと考えております。

我々の活動が皆様のフィッシングライフの少しでもお役に立てば幸いです。

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アングラーズESSAY
『もう一つのジギング』− 奄美大島の夜は、島美人の手料理がいい −
寄稿 池ひろと
奄美大島のジギングについて語れば、これはもう数限りない実績のオンパレードだ。
50kgを超えるカンパチやGTの実績は、それこそ枚挙に暇が無い。これまで数多くのジガーが、こうした「一生もの」になるだろう巨大魚を仕留めている。
ところが、この聖地ともいえるポイントで、私は船宿を利用してジギングをした事が無かった。付近の海域でオーナーボートでのジギングはかなり以前に経験があるのだが、何故か奄美の船宿とは縁が薄かった。
今考えてみると、たまたまチームの皆と遠征を企画したときにいい情報が無かった事。個人的には右肩に古傷をもっているため、重いタックルのキャスティングが苦手で、GTを好んで狙わなかった事などが原因だ。だから奄美本島に上陸して釣りをしたのは6年ほど前。なんとエギング遠征だった。
それというのも、奄美大島の船宿『ワールドマリン奄美』に在籍(当時)していた、女船長である滝澤一美ことウッキーとの出会いがそうさせたのである。彼女と初めて釣行に及んだのが徳之島でのエギングだったのだ。何故徳之島で奄美在住の彼女とジギングではなくエギングになったのか?経緯を説明するのも面倒なので省略させてもらうが、この釣行で私は彼女とすっかり意気投合してしまった。以来、私は奄美大島に春イカを狙うエギング遠征に足しげく奄美へ通うようになった。言わばオフシーズンの釣行である。格安ツアーや航空券を上手に使えば本土内を車で移動するよりも安く上がる程で、早春のショアの遠征は自由で気楽だ。この点、私の気ままなフィッシングスタイルにもマッチしていた。ウッキーのガイドですっかり奄美の常連となった私だが、彼女は地元では釣り場だけではなく様々な場所に案内してくれた。幸か不幸か彼女は一流のアングラーであると同時に、一流の『宴会女』でもある(ここでグルメなんて表現を使わないとこがミソ!彼女はオッサン的酒飲みなのである)。彼女にかかると本土から遠征してきたつわもの達も、翌日は二日酔いプラス船酔いのダブルパンチを経験することになる。恐るべき飲み手である彼女にとって、ひよこ程度にしか飲めない私など物足りない飲み友達であろう。しかし彼女はこの辺りのツボをよく心得ている。
アフターフィッシングの重要な部分。特に遠征には『旅の楽しみ』というものが加味されなければならない。元々、奄美の食い物や酒は美味いが、彼女の案内してくれる場所はそういった『旅情』とか『郷愁』を満足させてくれる心憎いポイントが多いのである。
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そこで今回のお勧めの逸店は名瀬市内の『喜多八』という店だ。

奄美独特の郷土料理の店として、既に一部のアングラーにはお馴染みの名店だ。
女将さんをはじめとする女性ばかりできりもりする店であり、内装も清潔でいかにも暖かい小料理屋さんという印象だ。お任せのコース料理が基本だが、魚介類だけではなくまさにおふくろの味的な煮物、炊き物や、奄美伝統の手弁当や保存食などに使われる料理も食する事が出来る。
どれもこれも素晴らしく美味い。
大阪育ちの私の口にも合う。
また、最近ネット市場を賑わす『黒糖焼酎』も、かなりのレア物まで常時飲めるのがまた嬉しい。
しかし私がこの店を勧める理由は料理だけではない。『全員、身内』だという美女ぞろいのスタッフはもとより、女将さんの暖かいもてなしが『名店』と呼ぶ大きな理由なのである。何かふるさとに帰って久しぶりに叔母や従姉妹にでも逢った気にさせてくれる。懐かしさの溢れる店なのだ。
さて、大変遅ればせながら我がチームも『奄美でジギング』という話が出た。
意外にもその話を持ってきたのはチームのシニア連中で、中にはジギング3回目というメンバーもいた。私以外のメンバーはパヤオ(浮漁礁)の経験も無かったから『パヤオで遊ぼう』という話になった。時期は5月。うまくいけばキハダの大物もあるかもしれない。
遠征初日、勇んで出かけたのは良かったが、到着時点から海は大きくうねっている。季節外れの台風の接近によるものだった。(まずいかな?)と思いつつも初日は近くの港で、メッキやチヌなどの小物釣りに興じた。小物といってもこの時期奄美ではメッキなど50cmを超えるから、シーバスロッドで十分に遊べる。散々楽しみ定番となっている『喜多八』へなだれ込んだ。相変わらず美味い。酒も進めば箸も進む。たらふく飲み食いして翌日は喜界島のパヤオを目指した。

賢明な諸兄はもうオチが見えたと思う。散々飲み食いして早起きし、台風の大きなうねりの中を喜界島まで二時間ほど揺られてゆく。こうなるとパヤオに到着した時点で全員顔色が無い。一様に足元が定まらず、しゃくる腕にも力が入らない。油断すると昨夜の名残がこみ上げてくる。それでもここまで来たからには遊ばなきゃ損だ。食い意地ならぬ『遊び意地』だ。
小型ながらキハダやメバチをポロポロ釣り上げ、メーター超えのシイラと遊び、トビイカの大群に遭遇し、酩酊する頭と自由の利かぬ身体をはげまし、狙いの大物は出なかったがそれなりに1日楽しんだ。
その後うねりは更に高くなり、胃袋は盛んに太鼓を鳴らし、脳ミソのしわがすっかり無くなった頃、何とか無事に帰港した。上陸したときにはもうふらふらである。
その晩はおとなしく常宿『翔』に泊まったが、翌日は出船不可。すでに海は真っ白に荒れている。こうなると何もする事がなくなった。
懲りない面々はやはり『喜多八』である。
復路は便を早めて台風を避けて帰った。今度は揺れる飛行機で冷や汗をかきながら。
何かと不幸なツアーではあったが、救いは『喜多八』の懐かしく美味しい料理であった。
今でも奄美を思うとき、あの赤ちょうちんがゆれる店のたたずまい。カウンターの上で汗をかくグラス。その横に並ぶ郷土料理。
そして彼女たちの優しい笑顔が真っ先に浮かぶのである…

そうそう。
もちろんウッキーの笑顔も…。ついでながら(笑)。
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